不同意わいせつ罪(旧強制わいせつ罪)
※ 「強制わいせつ罪(刑法176条)」は、2017年7月13日、2023年6月16日に法改正され、内容も大きく変わったほか、名称も2023年改正により「不同意わいせつ罪」に変わっています。
2017年改正では、被害者の告訴がなくても処罰できるようになりました。2023年改正では、被害者が「抗拒不能の状態」に陥ることが条件とされていたのを、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」に陥ることが条件となり、罪名も「強制わいせつ罪」から「不同意わいせつ罪」に変わりました。
以前は「強制わいせつ罪」と「準強制わいせつ罪」に分かれていたのが「不同意わいせつ罪」に一本化され、暴行脅迫以外に7つの行為類型が定められました。
以前は13歳未満とわいせつを行えば同意があっても本罪が成立するとされていたのが、16歳未満に相手の年齢が引き上げられ(相手が13歳以上16歳未満の場合、出生日が5年以上離れている場合に限り、同意がなくとも本罪が成立します)。公訴時効期間が7年から12年に延長され、犯行終了時に被害者が18歳未満であった場合、公訴時効期間は18歳に達してから12年となりました。2023年改正法は2023年7月13日から実施されています。
本罪の法定刑は6月以上10年以下の有期拘禁刑です。不同意わいせつ罪(旧強制わいせつ罪)は、性的自由(性的な事項についての自己決定権)に対する、強度の侵害行為であり、犯罪の中でも罰則の重い罪のうちの一つです。3年を超える有期拘禁刑の場合に執行猶予はつかないため、実刑となる可能性がかなり高い犯罪です。
2017年改正で強姦罪が強制わいせつ罪に改正される前は、被害者等の告訴が要件となっていましたが、同改正後は告訴がなくても検察は起訴できることになりました。告訴される場合でも、被害者との示談が成立し、告訴の取下げがあれば、起訴されない可能性が高くなり、裁判になっても保釈になる可能性もあり、実刑判決を免れる(執行猶予になる)可能性もあります。そのためには、本人の反省、家族の協力はもちろん、示談の成立・告訴の取り下げに向けて迅速な弁護活動が重要になってきます。また、保釈になった場合、性的犯罪抑止のための治療を受けさせることも有用です。
なお、以下、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」のことを「不同意状態」と総称することにします。
不同意わいせつ罪の種類
不同意わいせつ罪
2023年改正前は、暴行又は脅迫により抗拒不能にしてわいせつ行為を行った場合を177条の強制わいせつ罪として、その他の方法を用い抗拒不能の状態にし、あるいは、抗拒不能の状態にある相手に対しわいせつ行為をおこなった場合を178条の準強制わいせつ罪として罰していましたが、同法改正後は、暴行、脅迫及びそれ以外の方法で相手方を不同意状態に置き、又は、不同意状態にある相手に対してわいせつ行為をした場合を全て不同意わいせつ罪として176条で罰することになりました。
不同意わいせつ罪には以下の3つの異なる態様があります。
不同意型
暴行又は脅迫等の手段を用いて、不同意状態を形成し、又は、相手が不同意状態にあることに乗じて、わいせつ行為を行う場合です。
手段として挙げられる8つの行為
手段ですが、刑法は次の8つの行為又は状態を上げています。177条に「(以下の)行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により」とある通り、以下の8つの行為又は状態はあくまで例示にとどまり、不同意状態を形成するような行為または状態であれば、以下の8つの行為又は状態に限られません。
- 暴行若しくは脅迫すること
- 心身の障害を生じさせること
- アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
- 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
- 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。(急に襲う場合等)
- 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。(被害者がショックで体が硬直し、いわゆるフリーズ状態になること)
- 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。(被害者が長年にわたって性的虐待を受けてきた場合など)
- 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。(教師と生徒など)
2023年刑法改正のポイント
2023年刑法改正以前においても、上記の②から⑧までの行為又は事由により相手が抗拒不能の状態に陥り、その状態を利用してわいせつ行為を行えば「準強制わいせつ罪」が成立し、「強制わいせつ罪」と同様に罰せられていました。ですから、②から⑧の行為又は事由を例示的に掲げることで、従来の判例状況をより分かりやすくしたといえるでしょう。
むしろ2023年法改正のポイントは、被害者が「抗拒不能の状態」に陥ることが条件とされていたのを、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」に陥ることが条件となった点にあるといえるでしょう。ただ、法改正前でも、「抗拒不能の状態」を過度に厳格に捉えることなく、「相手方の年齢、性別、素行、経歴等やそれがなされた時間、場所の四囲の環境その他具体的事情の如何と相伴って、相手方の抗拒を不能にし又はこれを著しく困難ならしめるものであれば足りる」とする解釈が一般化しつつあり、その延長上に不同意状態を新たな条件とする上記法改正があると解することができ、そうであれば改正によって同罪の成立範囲が広がったとはいえないといえます。
ただ、今回の法改正で、警察の本犯罪に臨む姿勢がより厳しくなるのではないかと思われます。今まで警察は、ややもすると、「相手が明確に拒絶しなかったのでから本罪は成立しないのではないか」と言った点から、逮捕に消極的な対応をとることもありましたが、今後は「相手が明確に拒絶できない何か理由があったのではないか」という観点から捜査に臨むようになるのではないかと思われるからです。
錯誤利用型
行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、わいせつ行為をすること。
「行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ」とは、例えば、宗教上お祓いをするためにわいせつ行為をすると称して、信者にそのように誤信させる場合などです。 「行為をする者について人違いをさせ」とは、男性が、夜間に他人の家に忍びこみ、相手が自分を夫と誤信しているのを利用し、わいせつ行為に及んだような場合です。
相手が16歳未満
16歳未満の者に対し、わいせつ行為をした者(当該16歳未満の者が13歳以上である場合については、その者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者に限る。)も、不同意わいせつ罪になります。
もし、相手が13歳未満の場合、年齢差に関わりなく、手段を問わず、また、たとえ同意があっても不同意わいせつ罪になります。
相手が13歳以上の場合、行為者との出生日が5年以上離れていないのであれば、上記の不同意型及び錯誤利用型の状況がない限り、不同意わいせつ罪は成立しません。
監護者わいせつ罪
2017年の法改正で新設されました。18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてわいせつな行為をした者は、暴力や脅迫等がなくても、相手の同意があったとしても、不同意わいせつ罪と同様に処罰されます。
18歳未満の者が生活全般にわたり、自己を監督、保護している監護者に精神的・経済的に依存し、監護者が、このような依存関係から生じる影響力に乗じて、18歳未満の者に対してわいせつをすることは不同意わいせつ罪と同様にこれらの者の性的自己決定権を侵害することから、本罪が成立することになりました。
「現に監護する者」とは
現に18歳未満の者を監護し、保護する者であれば「現に監護する者」に該当し、逆に法律上の監護権を有している者(親権者等)であっても、実際に監護している実態がなければ「現に観護する者」に該当しません。「現に監護する」といえるか否かは、同居の有無、居住場所に関する指定等の状況、指導状況、身の回りの世話等の生活状況、生活費の支出等の経済支援状況、未成年に関する就学・就労等の諸手続きを行う状況等を考慮して判断されます。
教師やスポーツ団体のコーチ・監督は、通常「現に監護する者」には当たりませんが、これらの者がわいせつ行為に及べば「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること」もあり、その結果相手が不同意状態に陥れば、不同意わいせつ罪が成立します。相手が16歳未満(13歳以上であれば、年齢差が5歳以上の場合)であれば同意の有無を問わず177条の不同意わいせつ罪が成立しますし、16歳以上18歳未満であれば青少年保護条例(いわゆる淫行条例)によって処罰されます。
不同意わいせつ罪等致死傷罪
不同意わいせつ罪又は不同意わいせつ未遂罪を犯し、被害者を死傷させた場合、不同意わいせつ致死傷罪になります。
刑も通常の不同意わいせつ罪より重く、無期または3年以上の刑です。最低刑が3年ですから、よほど有利な情状がないと執行猶予とはなりません(実刑となります)。そのため執行猶予となるハードルは極めて高いと言えるでしょう。
暴行中、被害者の抵抗が激しく、わいせつ行為にいたらなくとも、暴行の過程で傷が生じれば不同意わいせつ致傷罪が成立します。また、行為後、被害者が逃走した後に傷を生じた場合も同様です。
罪の重さは?
各罪の法定刑は以下の通りです。
不同意わいせつ罪 監護者わいせつ罪 |
6月以上10年以下の有期拘禁刑 |
---|---|
不同意わいせつ致死傷罪 | 無期又は3年以上の有期拘禁刑 |
罪を認める場合の弁護方針
示談の重要性
何よりも被害者へ謝罪の意を伝え、示談して告訴を取り下げてもらえるかどうかが大きな分かれ道です。
しかし、通常、被疑者やその家族は、性犯罪の被害者やその家族に会ってもらえない場合がほとんどです。そこで、弁護士が間に入って示談交渉をする必要があります。
示談の相場
被害感情が強く示談ができない場合が多いのも、不同意わいせつ罪の特徴です。被害者が未成年の場合、親の被害感情が特に強く、示談してもらうのは至難の業です。
示談できる場合であっても、100万円以上はかかるのが普通です。さらに、示談はできても、告訴は取り下げて貰えないということもあります。
示談以外にやるべきこと
再犯防止に向けて最近は、性犯罪者向けの更生プログラムを実施している民間団体があります。そうした団体と連携して、加害者に治療を受けさせるのも再犯防止という観点から効果があります。もっともこの更生プログラムを受けるには、本来は外に出ることが前提となるため、「更生プログラムを受けるため釈放してほしい」と裁判所に訴えることになります。
保釈してもらえない可能性も高く、その場合、こうした団体に属する心理療法士に本人と面会してもらい、拘置所の中で不十分ながらも指導してもらう必要があるでしょう。
無罪を主張する場合の弁護方針
不同意わいせつ罪について、無罪を主張する場合、電車内の痴漢行為を除いては、相手の同意があったと主張する場合がほとんどです。
それらの行為は多くの場合、密室の中で行われます。したがって、同意があったか否かについて、客観的証拠がないのが普通です。そのため無罪判決をとるのは極めて困難です。
なぜなら、被害者の女性が、当時の状況を事細かに証言すると、以下の理由で、被害者の証言は信用性が高いとされてしまうからです。
たいてい、検察は次のように主張します。
- 被害者証言は、詳細かつ具体的であり、真実性がある。
- 被害者に、嘘を言う動機がない。
- 被害者が他人に刑罰等を受けさせる目的で虚偽の告訴をした場合は虚偽告訴罪となるため真実性が担保されている。
- 被害者が法廷で法律に基づき宣誓して虚偽の供述をした場合は偽証罪となるため、真実性が担保されている。
- 検察側の主張と合致し、特段不合理な点が無い。
しかし、上記の見方には疑問があります。②については、実際には被害者にも、加害者に悪感情を持っていたり、処罰感情から、嘘を言う動機があります。また、③④については被害者が偽りの証言をしても検察が告訴することは実際ありません。⑤については被害者の主張をもとに検察側のストーリーが組み立てられている以上、両者が合致するは当然です。 これに対して、被告人供述は、多くの場合、信用性がないという理由で排斥されてしまいます。
- 被告人は、刑事責任を免れるため、嘘を言う動機がある。
- 信用性のある被害者供述と矛盾している。
しかし、上記の見方にも疑問があります。被告人側の主張が、もし認められなければ(実際認められない場合がほとんど)刑が重くなるリスクがあり、被告人の側にも真実性の担保があるともいえるのです。
そのため、無罪を主張するのであれば、被害者側の供述が捜査過程で変遷していないか、客観的証拠と矛盾しないか、相手方の主張する状況に不自然な点はないかを徹底的に検証し、突き崩す必要があります。
不同意わいせつ罪で無罪となる可能性もある
以下は不同意性交等罪(当時の罪名は強姦罪)についての裁判例ですが、不同意わいせつ罪についても参考となるため、紹介します。
人通りもある駅前付近の歩道上で、たまたま通りかかった女性を脅して、人気のないビルに連れ込み、乱暴したとして強姦罪で起訴された男性の事件につき、2011年7月25日、最高裁は「(起訴)事実を基礎付ける証拠としては、被害者の供述があるのみであるから、その信用性判断は特に慎重に行う必要がある。」とし、被告人の証言は不自然として、無罪を言い渡しました。
この判決は、不同意性交等罪(不同意わいせつ罪も同様)においては被害者の供述を安易に信用してはならないと警鐘を鳴らしており、被害者供述を偏重する現在の裁判所の傾向を正すきっかけとなることが期待されます。
不同意わいせつ致死傷罪の弁護は裁判員裁判になります
不同意わいせつ致死傷罪は最高刑が無期拘留刑のため、裁判員裁判対象事件となります。裁判員裁判では、公判前整理手続きというものが行われます。裁判員裁判では、裁判員の負担を軽減するため、公判(法廷手続き)開始前に、裁判官・検事・弁護士の3者間で複数回協議を行い、公判前の段階で主張と証拠を整理し、裁判員が参加する公判では争点を絞った効率的かつ迅速な手続きができるようにしています。この公判前整理手続きも経験がないと十分な対応ができません。
公判に入ると、長時間の期日が断続的に行われるため、短時間で一回一回の期日に対する準備を終えなければなりません。このため、複数の弁護士で弁護団を結成して、担当を振り分けながら、迅速・緻密な証拠の検討を行なう等の、最善の弁護活動が必要となります。